押切もえ

蛯原友里 山田優らと共にカリスマ モデル ブームを築き上げた押切もえ。他にも絵画や小説と多才ぶりを発揮していますがコギャル時代やカリスマ時代の昔の写真等若い頃の姿を見るにつけ現在の顔との違いに戸惑いを覚えるのは私だけ?・・・この際、コギャル時代から現在までの写真画像を見比べてみようかと思います♫

押切もえ プロフィール

1979年12月29日生まれ。千葉県松戸市出身。A型。身長169cm。
 
生年月日も身長も朋友の蛯原友里と似ています。(蛯原友里:1979年10月3日生まれ。身長168cm。血液型はO型です)。
モデルとしても蛯原友里の『エビカジ』『エビちゃん巻き』に対し『もえカジ』『押切巻き』なる用語がありますしねW
しかし、その生い立ちはかなり異なっていました。
 
 
対して押切もえはというと中学高校の頃、コギャルでブイブイいわしていたんですねW。
そして、東京・渋谷のセンター街に入り浸っているうちに不登校児となり高校も退学処分(^_^;)
そんなことが重なり家族ともうまく行かなくなって家庭崩壊寸前な状態に陥ってしまったとのこと💦
 
変な喩えですが、この二人の境遇の違いを知った時になぜか
  • 蛯原友里=ビートルズ VS 押切もえ=ローリング・ストーンズ
をイメージしてしまった私は古い人間?(笑)・・・つまり
  • ビートルズ=正統派⇒優等生・良い子 ⇒ 蛯原友里
  • ローリング・ストーンズ=不良だがかっこいい ⇒ 押切もえ
なイメージということで・・・なんとなくそんな感じしません?・・え?どうでもいいって?W・ごめんなさいW
話をもとに戻しますねW
 
家族構成は父母と2歳年下の弟の4人家族。
 
松戸市立梨香台(りこうだい)小学校に入学。小学生の時から新体操スクールに通っており熱心に練習していたそうですよ。
 
で、中学は新体操部がある私立で女子校の昭和学院中学(千葉県市川市)に入学します。
当然、新体操部に入り熱心に部活動に打ち込みますが、部のレベルについていけず挫折し退部してしまいます。
 
そして渋谷に繰り出すようになり放課後はルーズソックスに履き替え遊び呆けていたとのこと。
 
中高一貫校でそのままエスカレーター式に昭和学院高校に入学。
この頃に押切もえは地元の日サロ(日焼けサロン)でスカウトされて1年生の時から雑誌『Popteen』の読者モデルとしてデビュー。
押切もえ 昔の写真 Popteen
出典:https://aucfree.com/popteen1997年1月号より
 
しかし校則の厳しい高校で、禁止されていたモデル活動を理由に1年生の時点で退学処分を受けてしまいます。
 
その後雑誌『egg』の読者モデル、首都圏高校生ファッション誌『東京ストリートニュース』のモデルとして着実にファンを増やしていきます。
 
高校も退学後、1年遅れで市川西高等学校に入学し直して無事卒業しています。
さすがにこの時は必死だったでしょうね。半年間は自宅にこもって受験勉強をしたそうです。
 
この頃の押切もえのファッション・スタイルは完全に『コギャル』。
この頃はバブル崩壊後まもない頃だったし、1995年には『阪神淡路大震災』やオウム真理教の『地下鉄サリン事件』が起こり世相的には暗く不安な時代でした。
しかし当時、女子高生だけはキラキラしていて特に『コギャル』と呼ばれていた女の子たちは流行の最先端を突っ走り『怖いもの知らずの向かうところ敵なし』状態♫
 
そんな中、押切もえは『コギャルのトップ』『スーパー高校生』と讃えられ、『コギャルのカリスマ』として君臨していたのですね!
 
押切もえ 昔の写真 コギャル
出典:https://kyun2-girls.com/
 
このコギャル達にとって『日サロ』や『湘南の海』は必須アイテムでガングロ。
今もよく聞く『チョー〇〇』『ウチら』『パネェ』『~なくね?』等は『コギャル』が生んだ言葉なんですわ。
 
押切もえもコンガリ日焼けしていますねえ~W 『日サロ』を『ヘビロテ』してたのが良くわかりますW
 
でも所詮『読者モデル』なので雑誌に掲載していた服は自前のものが多く、ギャラも足元を見られていたのかわかりませんが、たいしたこと無かったため、安い服でかっこよく見せる技を披露したりしていました。それで同年代の子達からますます支持を得ていったのですね。
 
でも『読者モデル』時代のことをご本人は以下のように語っていました。
 
『適当にやっていたというか、ノリでやっていた。プロみたいに頑張るのも恥ずかしいと思っていて・・・素直じゃなかったから』
          引用:2011年放送『ソロモン流』より
いわゆる遊びの延長ってやつですなW
しかしこういった大人の世界に媚びない姿勢って同世代の娘たちは敏感に感じ取っていたはずです。
 
こうしたギャルとしての生き様を示し、裕福にならずとも同年代の若者からは絶大な支持を得た押切もえは間違いなく時代のニューヒロインだったんですね。
また20歳の頃には恋人を不慮の事故(交通事故)で亡くして、後追い自殺も考えたといったエピソードもあります。
 
20歳を過ぎて大人の雑誌へ移ろうと飛び込んだ先が、それまでのコギャル雑誌とは真逆のお嬢様系ファッション誌『CanCam』。2001年21歳のときです。
しかし、その直後に所属事務所が解散してしまったので、フリーとして自ら仕事の管理をしていたとのこと。
モデルだけでは生活できずに日雇いアルバイトとモデル業を掛け持ちしてた下積み経験もしています。
 
エビちゃんもモデル駆け出しの頃、苦労していましたが(詳しくは上に貼り付けた蛯原友里の記事を参照して下さい)押切もえも、なかなかヘビーな苦労をしていますな。
 
また、コギャル雑誌では人気者でしたが、『CanCam』では最初ほんの片隅に載っただけ・・・そして読者アンケートにはかなり厳しい声が・・・
  • 『CanCamにあってない』
  • 『ティーン誌出身でしょう?あの子嫌いです』
『世界中が反対している中自分だけがやりたくて、わがままを通しているみたいに思えてやめよう』と思ったそうです。
しかし!
『辞めるもなにも・・何もやっていないやって思って。始めてもいないのに終わらせるのはやめよう』と思い直したそう・・・素晴らしいですね、このマインド。
 
救いになったのは昔からのファンの手紙だったそうで、それを励みに一念発起!先輩モデルや編集者にアドバイスを求め海外のファッション誌等でポージングや表情を研究し、いままでの『CanCam』モデルにはいなかった『カッコ可愛い』モデルとして注目を浴び始めたんですね。
 
スタッフからも『どんな服も着こなせる』と信頼を勝ち取った押切もえは蛯原友里・山田優・押切もえと共に雑誌『CanCam』の『トップ3モデル』としてブレイク、大活躍していきました。
押切もえ 昔の写真 CanCam 2
出典:https://page.auctions.yahoo.co.jp/
 
押切もえ 昔の写真 CanCam
出典:http://www.officiallyjd.com/

上の2枚の画像は『CanCam』の表紙。2枚とも左から 蛯原友里 山田優 押切もえ

『全部人のおかげな気がする。スタッフの人 ファンの人にしろ恵まれてて、すごく仕事が楽しいけど、そういう人と会えていなかったりギスギスした環境の中でやっていたらつまらなかったと思うし・・。』       
       引用:2011年放送『ソロモン流』より
涙ながらに語る押切もえの姿を見た時に、この感謝の気持ちが紆余曲折あっても彼女をいい方向に導いていったのだなと思うに至りました。
 
2007年3月、押切もえのために創刊されたのが『CanCam』のお姉さん版『AneCan』。
押切もえ 昔の写真 AneCan創刊
出典:https://kyun2-girls.com/
これも凄い。一人のモデルありきで雑誌が出来るなんて・・・
で、2007年4月号で『CanCam』卒業『AneCan』専属モデルとなります。この時押切もえ27歳ですね。
 
その後9年半の間、ずーと『AneCan』専属モデルとして活躍していましたが2016年8月に突然『AneCanを年内に卒業』と発表~予定通り16年12月号で卒業~表紙を飾っています。
 
一体なぜ卒業?と思ってたら同年11月1日にプロ野球選手の涌井秀章と結婚。12月7日(日本は8日)にハワイで挙式しました。
 
押切もえ 昔の写真 AneCan卒業
出典:http://iam-publicidad.org/article/
 
そして『AneCan』も押切もえ卒業とともに休刊となっています!
まあ、この件は先駆けて6月に蛯原友里が卒業。翌7月に高垣麗子が卒業とトップ3が全員卒業し・・・
創刊当時は32万部だった発行部数がスマートフォンらの影響で1/4の8万部にまで減少してしまったからなんですけどね。
押切もえ 昔の写真 AneCan卒業2
出典:http://iam-publicidad.org/article/
上記画像は『AneCan』2016年12月号のもう一つの側の表紙。つまり押切もえ単独の表紙と『AneCan』歴代モデルの集合写真の豪華両面表紙となってるんですね。
しかも押切もえはど真ん中!・・・『AneCan』の中でも”トップ・オブ・トップ”であったことが伺いしれます。
 
2017年10月2日には自身のブログで妊娠を報告。翌年2018年3月7日に第一子出産を報告。その後6月8日に生まれた子は男の子であることを公表しています。
38歳で初産・・・大変だったと思います。
 
※以上、主にモデルとしての押切もえのプロフィールを紹介しました。
モデル以外の多才な面のプロフィールは次回の記事をご参照下さい。

 

押切もえ 昔の写真と現在の顔が変わった!?若い頃の違いに驚き?

プロフィールにあるように『ガングロ・コギャルのトップ』から『お嬢様系モデルのカリスマ』へと華麗なる変貌を遂げた押切もえですが、コギャル⇒お嬢様系の変貌はもちろんのこと、コギャル時代はコギャル時代で、またお嬢様系となってからその後も顔の変化が気になりました。

そんな気になる部分を画像を混じえながら確認してみたいと思います。

『ガングロ・コギャル時代』若い頃の違いに驚き?

押切もえの10代『ガングロ・コギャル時代』の写真画像は上記プロフィールにも掲げていますので、よろしければ再度確認してみて下さい。

更に他の写真も見てみましょう。

押切もえ 昔の写真 コギャル4
出典:https://entert.jyuusya-yoshiko.com/

とても可愛らしい女子高生の姿ですね。さすが”読モのカリスマ”・・キマってます。

押切もえ 昔の写真 高校2年
出典:https://geinou-seikei2013.blog.ss-blog.jp/

コメントが良くわかりませんがWキマっています♫

 

かたや、こんな画像も出てきました。

押切もえ 昔の写真 コギャル2
出典:http://p.mamastar.jp//

押切もえだととても思えませんが、番組のテロップに押切もえ(17歳)N高校2年と出てたので間違いないでしょう。

かなりお顔がパンパン丸顔Wそして笑っているせいもあって目が線になって、まるで別人となっています。

眼が開いている画像を見ても・・・

押切もえ 昔の写真 コギャル3
出典:http://abekobe-geinou.com/

眼は完全に一重で小さく見えますね。カリスマモデルのオーラは微塵もありませんW

少なくとも2枚上の階段下(渋谷の109じゃないかな?)で撮っている画像の娘と同人物とはとても思えませんよね?

この押切もえの若い頃の違いに私は大変驚きました(笑)

こういった写真を見比べると必ず『整形をしている』と言われますし、その気持も良くわかるのですが・・・

しか=し!私はこういったことって充分ありえることだと睨んでいます。

というのも、当時暴飲暴食の時代があって、マクドナルドのセット4食分一気食いや校内大食い大会に優勝したりして体重がMAX60Kgあったことを告白してるんですね。

「モデルさんて生まれつき太ったことがない方とか、キレイな方が多い。その中で、本当に怒鳴られて怒られるぐらい外見がダメだったりしたんですよ」と、モデルを始めてからずっと強烈なコンプレックスに苦しんでいたことを告白。 その状況を打破すべく「ダイエットを頑張ったり着こなせる服を増やしたり、メイクとか髪型とかで自分らしさを強調した」と様々な努力を重ね、現在の地位をつかみとった。

  引用:『押切もえ”私は欠陥商品”・・・強烈なコンプレックスを語る』-エキサイトニュースより

多感で悩み多きお年頃・・・ましてや高校1年で退学や家庭崩壊の危機、受験のやり直し等ストレスは半端なかったと思います。

そんな押切もえのストレス発散法は『過食』だったんですねえ(笑)

しかも太った時に顔から太るタイプだったのでしょう~太って顔の面積が変われば、そりゃあ目も比例して小さく見えるし別人のようになりますからね。

最近TVでも一般人のおデブちゃんがダイエット企画でチャレンジして別人のように可愛くなったり、イケメンになったりするのと同じことだと思いますわ。

しかも眼は化粧によってメチャ変わりますから・・・

そして若い時はダイエットしたら効果は出やすいからすぐに太って、すぐに痩せて・・・同時期でも、とても別人な同一人物の写真が存在しちゃうんですね。

引用にあるように、『努力すれば可愛くなれる』ことを自ら示したからこそ、コンプレックスに悩む同世代の女の子から絶大なる支持を得られたのではないでしょうか?

しかも良い時悪い時の落差の大きい人が目標だった場合、『よーし、私だって頑張れば〇〇ちゃんのようになれるんだ!』とモチベーションを維持しやすいですしねW

押切もえ 昔の写真と現在の顔が変わった!?

押切もえといえば、やはり『CanCam』時代のメイク・バッチリ!お目々パッチリ!な『カッコ可愛い』中でも『カッコよさ強め』なイメージがあると思います。

押切もえ 昔の写真 全盛期
出典:http://iam-publicidad.org/article/

まあ、上の画像とかプロフィールのとこに貼り付けた『CanCam』や『AneCan』の表紙、そしてこの記事の冒頭に貼り付けた画像辺りが押切もえらしいですよね。

押切もえ 昔の写真-2008年CM

押切もえ 昔の写真 2008年CM
出典:https://pinky-media.jp/

で、上の画像はエステ『ラ・パルレ』のCM(2008年8月頃)です。当時28歳ですね。

今までの長い髪をバッサリ切ってメイクも薄めにし大きくイメージチェンジしています。

前回のCM=玉木宏とのCM(2006年)も話題になりましたが、ショートヘアでシャープに踊るこの押切もえのCMを見てファンになった人も多かったようです。

かっこよくて可愛いですね♫

この姿を見ても『押切もえ、顔変わっちゃったよ』とか思う人は少ないとおもうのですが・・・

押切もえ 現在の顔-2017年

押切もえ 現在の顔 2017
出典:https://unicorntomo.com/

上の画像はプロ野球選手の旦那さんである涌井秀章の食事のために『アスリート・フード・マイスター』の資格取得を自身のインスタで報告した時のもの。

このインスタを見た人から『痩せすぎ』『押切もえだとわからない』といった声が多かったんですね。

私的にも鼻から上は押切もえとわかりますが、頬から下はちょっと痩せコケてる感じが・・・

まあこの時37歳ですから、10年前と比べて変わったって言ったって・・・

10年と言ったら押切もえ以上に変わっちゃった人って世の中いっぱいいますしね。多少お疲れ感が出てても充分綺麗で魅力的だとは思うのですが・・・

押切もえ 現在の顔-2016年

押切もえ 現在の顔 2016
出典:https://pinky-media.jp/

この写真は上記より1年遡る2016年のおそらく5月16日、押切もえの2作目の小説『永久とは違う一日』が山本周五郎賞にノミネートされた時のもの。

こうなるともう全くわかりませんW・・・まだ先程の翌年の姿のほうがイメージに近いW

いわゆる自分の頭の中に思い描かれる押切もえのイメージのかけらも見つかりませんW

この時の受賞はあの湊かなえ女史の『ユートピア』。得票数は湊かなえ女史が6.5で押切もえが6.0。わずか0.5の僅差で2作受賞も検討されたほど!それほどの快挙だったのに、このお姿のほうが話題になっちゃってW

しかもこの年は『AneCan』を卒業する年で、この半年後には上記プロフィールに貼り付けた『AneCan Final』の表紙のような(本来の)お姿を見せているんですね!!

そして、結婚式もこの年でした。この年の12月7日(日本は8日)ハワイでの結婚式のお姿がこちら

押切もえ 現在の顔 結婚式
出典:http://iam-publicidad.org/article/

メイク薄めですが今までの押切もえのイメージそのままの押切もえ(ややこしい表現でごめんなさいW)の姿がそこにあるではありませんか!

だいたいこの『AneCan』卒業&休刊・結婚といった大きな転換期の2016年より、押切もえの『顔変わった』『別人』『劣化した』といった声が増えたように思います。そしていつの間にか元の姿に戻ってる。

事実ここに挙げた他にも山程事例があるわけでして(^_^;)

若いうちならともかく、ある程度年齢を重ねていれば、劣化したら劣化したで元にはなかなか戻らないものなんですが・・・押切もえの場合はシレーと元に戻っていたりするんですねー!

大きな謎ですね、押切もえは。いやほんと、真面目な話。

まとめ

『ガングロ・コギャル時代』若い頃の違いに驚き?

  • 押切もえはコギャルの読モ時代でも、可愛い時とそうでない時の落差が激しく驚きであった。
  • 押切もえはコギャル時代から整形疑惑があった。
  • しかし人は太るだけで人相が変わるもの。
  • 押切もえは10代から波乱万丈でストレスが多かった。
  • 押切もえの場合、ストレス解消法は過食だったと思われる。
  • 過食により太り、別人のようになってしまった時期があったと思われる。
  • 読モのスタッフ、そしてファンのために努力し痩せたため同じ時期に全く別人のような写真が存在すると思われる。

押切もえ 昔の写真と現在の顔が変わった!?

  • 押切もえ=メイク・バッチリ!お目々パッチリ!な『カッコよさ強めなカッコ可愛い』イメージがある。
  • 2017年当時37歳の時の顔は目元は今までのイメージに近いが口元は痩せこけた感じで別人のようだと評価された。
  • その前年、2作目の小説が山本周五郎賞にノミネートされた時の顔画像は更に全くの別人であった。
  • しかし同じ年の『AneCan』の表紙には今まで通りの押切もえの姿であった。
  • 更に同じ年の結婚式のときもイメージ通りの押切もえの姿が確認できる。
  • 押切もえは小説受賞ノミネート・『AneCan』卒業・結婚といった大きな転換期であった2016年から『顔変わった』『別人』『劣化した』といった声が増えてきているが、すぐにまた元の姿に戻ったり大変謎の多い人物である。

押切もえはコギャル時代の昔から容姿が変わりやすい体質だったけど『CanCam』『AneCan』時代はトップモデルとしての使命感もあってイメージ維持に努めていたのではないかなあ・・・なんて思います。

そして両雑誌とも卒業してからは、その使命感も薄らいでいって気持ちにスキが出来て周りから突っ込まれてしまう姿を見せてしまうのかなあ?

だとしたら、やる気になればどんな姿にもなれる・・・モデルとして綺麗に魅せる押切もえのノウハウって予想以上に凄いものってことになります!

やっぱり押切もえは謎ですW